もしすぐに死ぬとして、何を読みたいかと聞かれたら、僕は間違いなく『夜と霧』を選ぶだろう。
『夜と霧』は、心理学者のフランクルが、強制収容所で体験したことの話だ。本の序文にもある通り、被収容者の日常的な苦痛が描かれる。そのなかで必死に、懸命生き抜こうという意志が、僕たちに光をくれる。
そして大事なこと。この本は決してナチス告発文ではない。そんな狭い器に収まるものではない。
確かに言えるのは、経験にうらづけられた、深い、人間の考察があるということだ。
ー『夜と霧』を読む
この本のテーマは「人間」だ。僕の心にぶっ刺さった1文を引用しよう。
人間とは、人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。
この有名な文章を持ってくると、「にわか」と思われるかもしれない。だけどやっぱり、僕はこの文章が、好きだ。言葉の深みが違う。しびれる。
収容所の人々は、運命を受け入れることしかできない。脱出は、夢むべくもない。生きていることさえ偶然で、ガス室と柵の隣でただ「いつか」の解放を待つだけ。
そのような運命においてさえも僕たちは抗える、とフランクルは説く。
ー抗う。闘う。それは、直接に蜂起を起こす、という次元の話ではない。精神的な反抗だ。飢えていてもなおパンを与える人。死を前にして精神の高みに達する人。ガス室で毅然として祈る人。抵抗とはすなわち、運命に対する態度だ。
1人の収容者が倉庫からじゃがいもを盗み出したという話があった。そのとき収容者は、「盗んだ人を密告すれば全員に食事を与える」と言われていた。しかし、その場にいた全員は秘密を守った。つまり、約3000人がその人のために丸一日断食したのだ。
僕には絶対にできない、と思う。読んでいて、その収容者を差し出せばあとの人が救われる、と考えていた。浅い合理主義。冷酷なんだな。
この本を読んでから、自分が苦悩に値する人間なのか、よく考える。苦悩に値しない人間。身近な人が亡くなったこともない。まだこの本を「わかる」には人生経験が浅すぎた。
すごくいいなあ、と思ったところがある。最後の解放の日、連合軍が収容所に着いた。そのときに、「ユダヤ人たち」がナチスの高官を庇うシーンがある。実は、このナチスの高官は収容者を大切にしてくれている人でもあった。
根っから、生まれた時から、悪い人間はいない。だから「悪い人」は、環境のせい。本当にそうだろうか?たとえ悪い環境にいたとしても、屈しない。抵抗して抵抗して、善さを保つこともできたはずだ。たしかに抗うのは難しいが、不可能ではない。ナチス党員の悪を、全体主義や社会、圧力に還元してはいけない。人は、闘える。それを身をもってフランクル達は示している!
連合軍による解放後、フランクルの友人が復讐を試みた。「全てを奪われたのだから、奪い返すとき」。一理ある。だけど、フランクルはその友人を止めた。家族も亡くしているのだから、共感する部分がとてつもなく大きかったはずだ。もし、フランクルが今のイスラエル戦争を見たらどう思うのか、気になる。きっと止めるんだろうな。
奪い合いの世の中にもたしかに愛はあるのだな、と確かに思う。不屈の意志。それがフランクルに、ぴったりな言葉という気がする。
『夜と霧』は凄い。この本を貫いているのは単なる「第二次世界大戦」のジャーナリズムではない。人類全体に対するメッセージだ。善悪=価値は、固有名詞に還元されない。どう行動したか。絶対的運命のまえで、どんな態度を取ったか。それが僕たちの生きる根拠だ。
夜と霧=死 の予感を前にして、希望を見いだす人間の態度は、かならず活力を与えてくれる。
今こそ、『夜と霧』は読まれるべきだと思う。赦し。ゆるし。未来永劫、読まれ続けるべきだ。ねぜなら、人の本質はそう変わるものではないから。
後年、フランクルは快活な医師として働き、数々の講演もこなした。その一方で、自分の部屋には凄惨な絵を飾っていたそうだ。「忘れないため」、であるらしい。すごい人だなぁ、とつくづく思う。
勇気とは、重圧のなかの気高さである。 -ヘミングウェイ
『夜と霧』は、闘う人に、勇気を与えてくれる本だ。
コメント 感想をください!
「夜と霧」、興味深いストーリーですね…
読んでみようかなあ…
次回も楽しみにしています
「夜と霧」はすごくおすすめです!
まず何よりもタイトルがかっこいい(笑)。このセンスあふれる翻訳には感謝しかないです。
読む前は実は、小説だと思ってたんですけど、読んでみると凄惨な実体験で。文体は淡々としてるけど、でもすごく勇気をもらえる作品で。今後も何度も読み返したい。生きろ、というメッセージが、時空を超えて伝わってくる。
ぜひ読んでみてください!!
実体験ですか!?
かなり壮絶ですね…!
暗闇にいたからこそ、人の心に刺さる作品が
できたんですねぇ…。