【感動的SF】「息吹」ー宇宙の死に、何を託すか。

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今回は、SF短編集「息吹」がとてつもなくおもしろかったので、その布教。

SF界の巨匠が、17年かけてまとめ上げたのがこの本だ。オバマ元アメリカ大統領もおすすめしてた。どれをとっても心に染み、考えさせられる名作が集っている。一言で言うなれば、「深みのあるSF」である。読み継がれる本だ。

以下、この本のよいところを紹介していきたい。

あらすじ

いくつかの短編のあらすじをご紹介

①商人と錬金術師の門

時間を行き来できる門にまつわる話。変えられない過去から何を得られるのだろうか

②息吹

表題作。ロボットの暮らす宇宙で、時間の流れが早くなった。解剖学者の主人公は自身を分解し、重大な事実を発見する。もし、世界が終わるとしたら、何を願うのだろうか

③偽りのない事実、偽りのない気持ち

人生のあらゆる瞬間を、まるでドライブレコーダーかのように記録でき、その全てを思い出せるようになった未来。この技術の功罪は、何?

④オムファロス

神が存在し、宇宙創造という1度きりの奇跡を起こした。しかし科学は、禁断の果実に触れてしまう。生きる意味についての話。

この本には他にも5つの短編が掲載されている。

いいところ①:メッセージ

いきなりだが、僕はSFに少し苦手意識があった。なぜなら、SFはフィクションだから。それぞれの世界は決して交わることがないし、共感しろという方が破綻している。SFは所詮娯楽だ。

しかし、である。「息吹」においては真逆なのだ。確かに彼らは、われわれとは異なる世界線に住んでいる人たちだった。アルゴンの大気に住むロボット。インコ。過去と、未来への門が存在する世界。「何だ」と落胆するなかれ。この物語で肝要なのは、それが「メッセージ」であることだ。

いくつかの話は「メッセージ」、つまり、彼らが僕たちに残した文章として存在する。普通のフィクションと違う点はここにある。

メッセージの何がそんなにいいのか?答えに少し窮してしまうが、「こちら側」、つまり我々のいる現実世界と、「あちら側」、つまりSF世界の間の架け橋として機能するということだ。例えばファンタジーなどのほかの物語においては、すべての出来事が「あちら側」のお話として自己完結してしまう。言い方を変えれば、物語が閉じ切ってしまっている。

閉じ切っている異世界は、それはそれとしてよいものかもしれない。僕たちは現実の一切を無視して、空想に埋没できる。だがしかし、僕は、そのような世界にはおもしろみがないと感じる。(ここは人のスタイルだから他人の捉え方を否定する気は決してない。)僕は、現実世界に手を伸ばしている異世界の方が好きだ。感情においても説得力があるし、何よりも僕たちの心に残る。

この作品はまさにそれだ。「彼ら」と僕たちの間には、架け橋があった。メッセージ、すなわちそれは、作品世界が僕たちに訴えかける力である。

いいところ②:ビター・エンド

ビターエンド、直訳で「苦い終わり」。

それぞれの結末を表すものして、今思いついた言葉だ。

この話の終わりは、苦い。決してワーストエンドではないし、ベストな終わり方でもない。SFと聞くとディストピア小説をつい想起してしまいがちだが、この本の世界観はディストピアではない。かといって「ドラえもん」のように、万能なわけでもなく、実際にはバッドエンドとハッピーエンドの間にある。それぞれの短編には、終わり際に何かしらの希望がある。

例えば「商人と錬金術師の門」という話。20年、過去または未来に旅のできる門が存在する。ただ最も興味深いのは、その門は万能じゃない。「タイムマシン」とは異なるのだ。過去の自分に会ったり、過去の世界で行動したりすることはできる。けれども決して過去または未来を変えることはない。ある男は、その門に入ったが、実際に起きた過ちは結果的に変わらなかった。しかしそこで、男にとって希望となる一つの伝言を授かる。

悲しさを悲しさとして残したまま、新たな希望を生み出す。僕たちは何かしらの葛藤を抱えている。ただ一つできることは、決断だけだ。僕たちが、決して無能でも万能でもないことを、この本を読んで思い知った。

だからこそ、ビター・エンドなのである。

いいところ③:設定

深い考察が意味するのは、リアリティだ。
SFが”SF”であるためには、科学的でなければならない。そうでなければ、ただの”F”だ。そしてこの本・息吹は、”SF”である。僕たちの宇宙とは異なる設定が各ストーリーの細部にまで染みていて、物語の骨格を確かにかたちづくっている。

「不安は自由のめまい」では、いわゆるパラレル・ワールド(並行世界)が出てくる。小説の頻出設定だが、この世界では様相が少し異なる。まずパラレル・ワールドにアクセスするためには、プリズムと呼ばれるデバイスが必要だ。これを起動することで、宇宙の完全なコピーが生まれのだが、その際にイオン2個分の誤差が生まれてしまう。これによって世界が分岐していく。そして特殊なこととして、異なる世界間でできるのは情報のやり取りだけである。決して世界間の行き来はできない。そしてプリズム使用者は、もう一人の自分と話したり、分岐した世界の自分に嫉妬したり、死者と話したりする。
(ちょっとややこしかったかもしれない。説明不足だ、申し訳ない。)

僕が言いたかったのは、このパラレル・ワールドの設定のすごさだ。「ご都合主義」が生じないほど完全で、物語の軸となる。例えば、従来の作品だと「パラレル・ワールドの生まれた経緯」、「なぜ異世界に干渉できるのか」などが明かされない。また、話が展開していくにつれて当初の設定と食い違ってしまうこともある。比べて、「不安は自由のめまい」においてはそのような疑問は湧いてこない。何度もくりかえすようだが、設定が緻密だからだ。

同じように「商人と錬金術師の門」も設定がすごい。タイムマシン系のSFではよく「親殺しのパラドックス」が語られたりする。そんな風にSFで過去を改変するのはあるあるだが、この世界線では起こった事実は変えられない。よって矛盾は起きない。

「じゃあ過去に戻って何すんだよ」と思うかもしれないが、ネタバレしたくないからこれ以上の追求は控えておこう。

とにかく、設定がしっかりしている。だからリアリティがあって、途中で設定の矛盾を見つけて冷めることもない。読めばわかる、めっちゃおもしろい。

まとめ

そんなこんなで、「息吹」のよいところを語ってきた。

まとめると以下のようになる。
①メッセージ:SFの世界と現実世界につながりを感じられる
②ビター・エンド:ハッピーでもバッドでもない、含みのある結末
③設定:リアリティを生み、登場人物を「生かす」

実は僕がこの本を知ったのは、SF好きの友達が紹介してくれたからだ。まじで感謝。僕が一番気に入っているのは「不安は自由のめまい」という話である。1時間くらいは余韻に浸れる。

とってもお勧めの一冊である。SF系の小説を探している方、あるいはSFに苦手意識のある方にはぜひぜひ読んでいただきたい。

…ネタバレに注意しながら書くの、意外と大変。
グッド・バイ。

コメント 気軽に自由に感想を寄せてね!

  1. ほんな兼ミニトマトそーぷ より:

    SFは、良いですよ〜
    某オタキング・岡田斗司夫さんも仰ってましたが、「SFと歴史を学んでいる者は、未来が見える、予測できる、視野が広がる」のだそうです。

    SFだと、「アルジャーノンに花束を」、「異星の客」が好きです。

    「アルジャーノンに花束を」は、最後がとても切ないけど、じわじわ心が洗われる、漂白される感覚がするんですよね。

    「異星の客」は、ロバート・A・ハインラインというSF作家が書いた作品なんですが、
    「笑い」の本質について主人公の火星人を通して書かれています。
    人間を観察するうちにわかった、人間が笑う理由。
    それは、「笑いとは、攻撃の裏返しだから。」

    岡田斗司夫さんも言ってましたが、「緊張の緩和」で笑う。「笑ってはいけない」というスレスレのところにあるものこそ笑える。

    この話を聞いた時、「おおっ!!」と思いました!

    • 遊ろぐ 遊ろぐ より:

      SFはあまり読まないけど、岡田斗司夫は好きですよ(笑)。そういえば、去年の梅原校長のオススメ本が「SF思考」でした。

      僕が最近読んだSFは三体です。友達からの激烈なオススメで購入。買ったのはいいんですけど、あんまりおもしろさに入り込めませんでした…たしかにおもしろいんですけど、エンタメの枠を出なかったというか。(一巻目しか読んでないのに何言ってんだって話ですが)

      記事に書いた「息吹」はよく覚えてます。こんな感じの、心に染みる系SFが僕は大好きです。息吹はおすすめですよー。(あとは星新一のショートショートが大好き。あれは笑わずにはいられないおもしろさがある。小学生のときから読んでたな)

      「アルジャーノンに花束を」は姉が持ってたので、今度会った時に借りて読んでみます。「異星の客」も、いずれ。

      にしても、SFまでカバーしてるだなんて、ほんなさんは流石ですね

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