【雑学】雪に関するちょっとおもしろい話

雑学
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 外を見れば雪。いいね。

 雪は、「非日常」なことだからか、とってもテンションが上がります。社会人にもなると、雪を嫌いになってしまうらしいです。労働って恐ろしい。

 そんな偶然にも雪が降った日に雪について何も書かないのは損です。だから今回は雪に関する雑学を紹介していきます!

雪の結晶 ~雪と氷は何が違うのか?~

 雪と氷はどちらも同じ水、つまりH2Oからできています。しかし氷は透明で固く、雪は白くて柔らかい。なぜ?

 まずは雪の結晶のでき方から。雪の結晶とは上空の雲のなかで、水蒸気が昇華凝結してできた「氷の結晶」が成長したものです。そして大きさが約2mm以上のものが雪結晶、それ以下のものが氷晶と決められています。違うのは大きさだけです。

 なぜ雪の結晶が六角形なのか?
 それは水分子の構造が原因です。水分子どうしが水素結合によって結合するとき、最もエネルギーの安定した形が、六方晶形という六角柱のような形になるのだそうです。

 さらに、その六角柱の氷結晶が成長する速さは、側面方向と底面方向の2方面で異なります。それぞれの速さの大小関係は温度ごとに決まります。そうした細かい要因によって、氷結晶は六角形を基本としながらも様々な形をとるのです。(ちなみに、氷の結晶は121種類に分類されています)

 では、なぜ雪は白くて、氷は透明なのでしょうか?

 それはガラスは透明だけど、砕いたら白く見えるのと同じ原理です。

 まず、氷が透明なのは、氷の内部で光が直進できるからです。しかし、雪が白いのは、雪がたくさんの雪粒子の積み重なりでできており、それぞれの雪粒子が光を反射や屈折させるからです。こうして内側で反射しまくった光は「多重散乱した光」と呼ばれます。雪に入った可視光線が弱くならずに多重散乱することで、どこから見ても均一に輝いて見えます。雪が白いのは、光の3原色が混ざり合うのと同じ仕組みです。

 経験からわかるかと思いますが、雪を押し固めたのが氷になります。だから「雪合戦」と称しつつも、実際にやっていることは「氷合戦」だったりします。

 へぇ~

もうちょい雑学する

 ちなみに白くない雪もあります。

 黒い雪はすすが混ざっています。すすは火災や工場の排煙に含まれる、好ましくない物質。自然環境は大事だぞ?
 また、赤・緑・黄色などの鮮やかな雪もあります。これは雪の中で繁殖する、雪氷藻類という微生物による色です。(なんか雪に生き物が住んでいるって思うと、かわいらしいですね。)この生物は、体内に緑色の葉緑素や、赤や黄色のカルテノイドという色素を持っていたりします。顕微鏡で見ると細胞を観察できるのだとか。いいね。

 
 追加で、氷がすべる理由についての雑学も一つ。

 よくフィギュアスケートで選手がリンクの上をみやびに滑ってますよね。楽しそう。そんな話はさておいて、実は氷がすべる原理って2つあるんです。

 1つ目は、氷の上を滑る物体の速度が速いとき。「圧力融解・水潤滑説」です。氷の上に乗っかるものの圧力によって、氷の表面が融けて水が生じ、その水が潤滑油のような役割を果たして摩擦を少なくするのだとか。フィギュアスケートなんかはこれです。
 2つ目は、滑る物体の速度が遅いとき。専門的には、「凝着説」です。これは、摩擦の真の原因は異なる物体どうしが境界面でくっついてしまうことである、という考えに依拠しています。摩擦抵抗はくっついている接合面をずらす力である、と。そして氷は結晶の基底面(六角柱の底面部分)だと特に滑りやすいという性質が発見されました。

 ちなみに、この性質を利用して作られたスピードスケートのリンクで世界記録が更新されました。この性質を見つけたのは津島さんという日本人の方です。誇らしや。

雪と文学

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

「雪国」

 川端康成の「雪国」という小説の書き出しです。雪は多くの文学作品でも象徴的に用いられてきました。ここでは、雪のもつ意味あいについて軽くふれたいと思います。

 そもそも雪という字は、気象を表す「雪冠」に、ほうきという意味の字を簡略化した「ヨ」が下にくっついてできています。諸説ありますが、「ほうきで掃ける雨」だから雪だったり、「天が地上を掃除するために降らせたのが雪だった」などといった説があります。(ちなみに僕は、後者の、神様が雪で地上を浄化した、という考えの方が好きです)

 そして雪はいろんな文脈で用いられます。例えば、「純粋・潔白」「美しさ」「孤独」「静寂」「神秘」「平和」「浄化」などを表しています。

 これほど広く用いられる「雪」は、やはり古来から特別なものだったのでしょう。

 そういえば雪で思い出すのは、太宰治の「富嶽百景」
 あの話では雪が物語のターニングポイントとなっていました。富士に雪が降ったことをきっかけに、「私」の富士山に対する評価が変わっていきます。これは雪の「美しさ」によるものなのか、「浄化」の作用なのか、「非日常」という特別感が理由なのか、それとも雪の「孤独」に一種の共感を見出したからなのか。なんにせよ、雪が多様な意味をもたらすのはおもしろいな、と僕は思いました。

 (雪の日の特別感って良いよね)

「白日」

 最後に、僕が「雪」と聞いて思い出すもの。それが「白日」という曲です。数年前に流行ったよね。

  なかなか類を見ないような、特別な曲。非常に良き。

 この曲のなかでも「雪」が幾度も出てきます。その歌詞から、私たちの持つ、「雪」の微妙なイメージを探っていきます。以下かぎかっこ内は引用。

 「明日へと歩きださなきゃ、雪が降りしきろうとも」・「その頃にはきっと春風が吹くだろう」
 これらは雪の降る厳しさ、つまり自分にとっての逆境と、それを超えた先の春を暗示しています。

 次。「真っ白に全てさよなら、降りしきる雪よ すべてを包み込んでくれ、今日だけは忘れさせて」
ここでは「雪」は「浄化」を表していて、自分の後悔に塗れた過去を一掃してほしいという願いです。さらには降りしきる雪の「包容力」も伺えます。
 そして最後に、この曲は「すべてを忘れさせてくれ」で終わります。

 この曲から読み取れるイメージ。それは、「雪」は「浄化をもたらすもの」と同時に「厳しい試練」ということです。過ちと後悔、それを雪が覆い隠して、春を待つ。そんなイメージ。
 そして「地続きの日々」である現状と非日常な「雪」は、明らかな対比構造です。だから、非日常な雪を境に生まれ変わりたい、雪を超えて春へ向かいたい。そういった希望も感じられる曲なんだなぁ~と改めて感じました。

 そんなに深く考えなくても、皆この曲の意図はわかる。これはきっと、皆が雪に対して同じような感覚を持っているからなんでしょうね。おもしろい。

 雪の根本イメージは結局、一つに収束します。生物にとって厳しい冬は試練です。食料も乏しい。暖かい住処もない。生きるか、死ぬか。雪は、そうした前人未踏の領域である「死」や「厳しさ」や「静寂」を呼び起こす、畏れの対象でもありました。と同時に、雪は「浄化」です。いつもなら田畑の広がる場所が、すべて真っ白になっている。いつもと違う光景。だからそれは「特別なもの」であり、これまでの汚れたものをリセットする働きを持つ「美しさ」も兼ね備えている。

 そうした諸々を私たちは自然と感じ取っています。だから、白日の曲を聴いても「あぁ、なるほどね~」って感じられるのかも。

まとめ

 見方次第、とらえ方次第で評価が大きく変わる雪。とても興味深いぁと思いました。そんな浅すぎる感想で今回は締めたいと思います。

(…早く家帰ってこたつで寝たい)

  また。
 

コメント 気軽に自由に感想を寄せてね!

  1. ほんな兼ミニトマトそーぷ より:

    では、こちらも。

    遊ろぐさんは
    雪が積もらない不思議スポットがあることが
    この世に存在していることは、知ってますか?

    そのスポットとは「マンホール」です。

    マンホールの下には下水が流れています。
    その下水にはお風呂やキッチンで流した温かい生活排水が含まれているため、下水道内の温度は地表よりも高くなっています。

    地下は地表の温度変化の影響を受けにくいため、その暖められた熱はマンホール蓋に伝わり、積もった雪を溶かしてるのです。

    次回も楽しみにしています♪

    • 遊ろぐ 遊ろぐ より:

      そうか、そう来たか…

      「雪がつもらない不思議スポット」と聞いて、熱帯雨林と砂漠と海を思い浮かべました。不思議でもなんでもないですね。

      マンホールか…たしかに。

      僕の祖父母は東北住みで、冬に雪が積もるんですけど、雪かきのときにマンホール上に雪を置いていたのを思い出しました。
      あとは冬、バスがマンホール上を通過するときにガタンってめちゃくちゃ揺れます。ほんとです。僕がまだ小さいときはその揺れを楽しんでました。降りる時には、吐き気がするまで酔っちゃうんですけどね(笑)

      雪国に行くときはお気をつけください。

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